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「髪が爆発するーー!』
若葉(わかば)が自分の癖っ毛のロングヘアを抑えながら、鏡に向かって意地を焼いていた。
梅雨の晴れ間の休日、確かに湿気の多いこの時期は、天然パーマには厄介だと聞く。私は生まれ持って超ストレート、言って見れば超剛毛…自分で悲しくなったから、やめよう。…なので、若葉の苦悩に共感してあげられない、寧ろ、普段より強くウェーブのかかったロングヘアが可愛くて好きなのだけれど。
鏡とにらめっこする若葉の隣で、私は家宝レベルに大切にしているジュエリーケースの中を物色していた。
「今日はこのネックレスしたいな。」
小さなモチーフのネックレスの細い鎖を指先に絡めて持ち上げながら、私は可愛い恋人に意見を伺った。そう、私達は同性のカップル。
「やだー、今日はどうしてもこっちの指輪にして。」
私たちは一緒に出かける時、お揃いのアクセサリーをつけることにしている。気づくひとは少ないかもしれないけど、さり気ない恋人同士アピールだ。
「なんで?」
「なんでも!」
そう言い切る。頑固な若葉にはいつもかなわないと私は思っているのだけれど、若葉は若葉で、私のマイペースにつける薬はないといつも呆れている。
実は微妙にネックレスに合わせて服装もコーディネートしてたんだけど…まあ、いいか。
「ありがと、鈴(すず)」
「なんで?」
「だから、わがまま…聞いてくれて」
そう言って急に真摯な顔になるから、私の恋人は愛おしくて仕方ない。生来、真面目で素直なひとなのだ。
「そんな大したことじゃないじゃん。ほら、出かけよ?」
指輪をはめてジュエリーケースを閉じる。カバンを担いだ指にお揃いの指輪が控えめに光って、ちょっとくすぐったくて、でも幸せだ。
まあ、出かける、なんて大層なことを言ってはみたけど、別に遠出するわけでも、誰かと会うわけでもない。近所のショッピングモールにふらっと行きたくなっただけなのだ。
それでも、一応、私は薄化粧をして恥ずかしくない程度には服を整えていた。がんばっておしゃれをしている私の可愛い彼女を見るのも大好きだったし、その隣を歩けるくらいにはカッコつけたかったから。

部屋の鍵をかけて、いつもの会話をしながらエレベーターで下りて、ちょうど来たバスに乗る。モールまでは停留所5つで、降車口のステップを順番に降りたら、もう目的地。毎日一緒にいて、毎日喋ってるのに、不思議と尽きない話題で時間が過ぎていた。

けれど、さっきも言ったように、目的地に目的があるわけでもないのだ。
ウインドウショッピングを楽しめるのは女子だけだと世間は言うけど、じゃあつまり、女子のカップルにはぴったりのデートコースってことじゃない。

あの服を見てみたい、あっちのオーガニックの店に欲しいものがあった、そういえば新譜のCDをチェックしてこなきゃ。

ひとしきりモールのなかをウロウロして、人混みにちょっと疲れた私は、休息を求めて立ち並ぶショップをぐるっと見回した。
「コーヒー飲みたい、そこのカフェに入っていい?」
「うん。鈴はアイスコーヒー?私はコーヒー飲めないから、いつものパフェを頼もう…、あ、新しいフレーバーも出てる!あれにしよう。」
カフェの幟に書かれた季節のフェアの写真を見ながら、若葉は嬉しそうにカウンターへ向かう。
「…そのパフェ、流行ってるけど、とんこつラーメン1杯分のカロリーだってさ。」
改めて二人でメニューを覗き込みながら、私はSNSで見かけた情報を口にした。
「え…この後のお昼は、豚骨ラーメン食べに行こうと思ってたのに…」
「マジか」
この見事な計画倒れっぷりはあんまりだ、私は思わず笑ってしまう。
「だって!豚骨なのにあっさりスープの細縮れ麺、って、この前ここのラーメン屋さんが雑誌の特集に載ってたんだもん、たまたま見ただけだけど。」
ラーメン目的になんて来てないんだから、ともごもご言い訳する若葉が可愛くて、私はついついからかってしまった。
「ブタメン食べてな」
「60円のランチですか…」
ダイエットにはいいよね…、と結構本気な口調でつぶやく。あれ、このあとはほんとに駄菓子コーナーに行かないとダメ?そういえばよっちゃんいかが食べたいかも。
私のコーヒーと若葉のパフェを乗せたトレーを受け取ると、私たちはさっきまで見て回っていたお店のあれこれを話しながら、空いてる二人がけのテーブルを陣取った。
「残ったお金で好きなもの買えば?アクセサリーとか?」
「そうだ、アクセサリーだよ!目的忘れるとこだった!」
キリッと若葉が顔を上げた。
「目的があったんだ?」
初耳だ。なんとなく部屋に篭っているのも退屈だし、せっかくの梅雨の晴れ間だから外にでも出てみようか、そう言い出したのは若葉だった筈。
「あるよ!さっさと食べて飲んで、行かなきゃ!」
「お店は逃げないし、時間は夜まであるよー?」
私はブラックのアイスコーヒーを、テーブルに肘をつきながらストローでゆっくり啜った。
「…そっか。落ち着け私。」
「そうそう、落ち着け、若葉。」

「あのね、この指輪と重ねづけ出来る指輪を探しに来たの。」
「ほう?」
若葉が目的にしていたアクセサリーショップは、確かに若葉に似合いそうなフェミニンでオシャレな品揃えだったのだけれど。
「いつもつけられるようにシンプルなのを選んだでしょう?そうしたら、最近は重ねづけするのも流行ってるみたいだし…鈴、可愛いもの好きじゃない?だから、折角だから可愛いのとシンプルなので、甘辛ミックスにしようかなって。」
どうやら、可愛いものセレクトは私の好みに合わせてくれているらしい。まあ、確かに私は無駄に無節操に可愛いものに興味を持つ傾向があった。ぬいぐるみやらフリルやらレースも、花も。でも、自分には似合わないので、代わりに若葉に身につけてもらう。実は外見がいかにも可愛らしい若葉の方が、機能性重視の質ではあるのだ。けれど私はしらばっくれてふわふわと可愛い恋人の所為にした。
「おー、さすが若葉、女子力高いねえ。」
「…女子力は鈴のが高いです。」
「なに、今の台詞の間は?」
「言わせないでよ、どうせ料理も裁縫も出来ないわよ」
そこは、私が若葉をかわいいと思う萌えポイントでもあった、ギャップ萌え。そんなことを言われても当然、本人としては嬉しくはないだろうから、言わないけど。
「人間、得意と不得意あるって、個性個性」
だから、もっともっぽいことを言って誤魔化した。
「あ、コレ良くない?華奢だけどお花のポイントが可愛い」
うん、なかなか。
「あれ、サイズ11号しかないね、鈴は9号だよね?在庫あるか訊いてみよう…すみませーん」
丁寧に陳列を直していた男性店員がこちらを見やってやってくる。若葉の希望を聞いて、すぐに笑顔で答えた。
「あ、はいはい、ありますよ、品出し出来てなくてすみません。…あれ、お揃いですか?仲良しさんなんですね。」
「恋人です。」
若葉が飄々として言った。割とこの子はこういうことに躊躇しないし、たとえ偏見の目で見るひとがいても、自分たちは番いだと堂々と示すのだろう。
「……。あ、なるほど、リア充なんですね、爆発するんですね。」
へらっと笑った店員のとんでもない言い草だったけれど、若葉は気にならなかったらしい。
「爆死してもお墓まで一緒なんで大丈夫です。」
「うわー、是非爆ぜてください(笑)、…あ、ジュエリーケースに並べてお包みしましょうか?」
「わ、すごい、お願いします!」
…なんだろう、この一瞬に起きた妙にコミカルなノリと二人の意気投合っぷり。私、のけもので狡いじゃない。

外はすっかり暗くなっていた。少しひんやりとした空気が気持ちいい。半日歩き回って疲れている筈なのに、足取りも心なしか軽く、アクセサリーショップの可愛らしいショッピングバッグを揺らして若葉がバスのステップを昇るのを追いかけた。
「変わった店員さんだったね。」
と、変わったお客さんだった若葉が言う。
「さっきのやり取りは傑作だったよ、いいもの見れた」
「指輪の目的も果たしたし、鈴もいいもの見たし、今日は素敵なデートだったね。」
「うん」

それから。
適当に用意した夕飯の片付けを私がしてると、シャワーを浴びて戻ってきた若葉が、件の指輪の箱を目の前に、ソファで腕組みをして何か唸りはじめた。
私がタオルで手を拭きながら近寄ると、尚更俯いて唸る。
「…どうしたよ?やっぱなにか不満だった?」
「…恥ずかしくて言えない…」
若葉がもごもごと答えるので、よく聞き取れなくて聞き返す。
「へ?」
「…恥ずかしくて、鈴に私の指に指輪を嵌めてなんて、言えない…」
真面目で合理性を好む若葉が、でもたまにものすごくロマンチストなところを垣間見せるのも、言ってみればギャップ萌え。
「言ってるよ? …じゃあ、座って、手えだして?」
新しく買った花モチーフの華奢な指輪が、可愛い私の彼女をさらに可愛く飾ってくれた、とかファンシーなことを素で思った、ので、ファンシーついでに、若葉の額にチュっと口づけてみた。
「…やめて、煽らないで、鈴、我慢できなくなるでしょ」
両手で顔を隠して照れているらしい若葉が文句を言った。
煽ってるのはどっちだ、本当は自分からキスも出来ない恥ずかしがり屋のくせに。

「若葉」
「なに?」
「今日もありがとね」
「ん?」
目的を果たした若葉より、多分、私の方がずっと幸せを噛み締めていた。昨日の貴女より今日の貴女が、明日の貴女が、もっと好きだよ。



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fin
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