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「これはどう?」
曖昧な線で描かれた油絵が白いパネルに収まっている。油絵と言ってもレプリカなのだけど。白い壁に白いパネルが、なんだか純潔な空間を作り出していた。
「これは誰の絵?」
美術に疎い私は、無知を恥じ入ることもなく、パネルを持ち込んだ鈴に問いかけた。
「ルノワール」
鈴は絵を見るのが好きで、何度か美術館にデートに行ったことがある。一緒に並んで作品を眺めるけど、私には何が描いてあってどう凄いのかチンプンカンプンだったりした。鈴に訊いてみると、たまには解説してくれるけど、大体は、私もよくわかってない、と笑って返された。
「綺麗な絵だね」
壁の前に並んで座り込んで、パネルを眺めた。
「お茶でも飲む?」
鈴が立ち上がる。
「若葉はミルクティーだよね? 私はコーヒーにしようかな。」
「頼んでいいの?」
もちろん、そういってスルッとキッチンへ向かった。

この輪郭のない細かいストロークで描かれた絵に鈴は何を見てるのかな。同じものを見れたらいいのに。

「ほい、ミルクティー」
「ねえ、鈴。この絵、何が描いてあるの?」
「草原とドレスの女の人達」
ほら、ここが人間、指を伸ばしてパネルに触れる。
「あ、ほんとだ」
私は絵心皆無だからなあ…。
またふたりでパネルの前に肩を並べて座り込んでいた。
部屋にはちょうど南側の窓から明るい光が差し込んでいる。明るくて清潔な白に囲まれた鈴が、なんだか綺麗で儚く見えて、私は鈴を捕まえようと、鈴のコーヒーのグラスを持たない片手を思わず掴んだ。突然の私の行動に少し驚いたらしい鈴が私を振り仰ぐ。一瞬、私を見つめたと思ったら、気づけば引き寄せられて唇を奪われていた。軽く重ねられたキスと一緒に、アイスコーヒーのグラスの氷がカランと音を立てる。
「…どうしたの、鈴?」
先に手を伸ばしたのは私だったのだけれど。
「…若葉が真っ白な天使みたいで、何処かに飛んで行っちゃいそうで。…捕まえなきゃって…。」
「バカだなあ」
私もバカだ、バカップルだ。
「ねえ、若葉?」
「どうしたの?」
「今日はずっとここに座って、いちゃいちゃしてようよ?」
「こ、こで、す…、るの…?!」
思わず赤面した私に、鈴が噴き出す。
「してもいいけど、カラダ痛いよ?笑」
「!!!!!」
そう言われて、自分の行き過ぎた妄想(と深層心理の欲望)に、その場を逃げ出したくなった。
「ダメ、逃がさない。」
鈴が私の腕を掴んだので、私は逃げられなくなってしまった。
「まあ、する可能性もあるとして、若葉と何にもしないまったり時間を楽しもうかなって」
「ご…ごめんなさい、酷い妄想を…」
謝るから、反省してもう言わないから、忘れて!
「だから、する可能性も、っていってるじゃん」
鈴が声をあげて笑う。そんな鈴の笑顔につい見惚れて、一瞬、今しがたの恥ずかしさを忘れていた。
「ん?」
「…鈴が楽しいなら良かった、私、鈴の笑顔が大好き。」
『させて』くれるならもっと楽しいんだけど?、鈴がいたずらっぽく意地悪を言うから、私は我に返って鈴の胸元にグーパンをお見舞いした。

「若葉?」
「なに…っ!」
呼ばれて顔を上げる間もなく、唇に甘い温度。ゆっくりと啄ばまれてから深くなる。私の脳裏が真っ白になった。
暫く探られてから、少し唇が離れた隙に横を向いて思わず逃げた。鈴は無理やり追ってはこなかった。代わりに細い指で私の髪を撫でて優しく梳いてくれる、ゆっくりと、何度も。

気持ち、いい…

私は鈴にぎゅっと抱きついた。鈴も空いた片腕で強く抱き返してくれる。鈴のボディーソープの香り。耳元に触れる息使い。
「ふ、…ぅ…っ…」
背中にきゅっと甘い痺れが走った。さっきの口づけの余韻と私の髪を撫でてくれる感覚に、恥ずかしくも私は達してしまった。

「大丈夫、若葉?」
顔を上げられずに丸くなって俯く。
「すずの…ば、か…ぁ」
泣きたいくらい恥かしい
「わーかーばー?」
「…ちょっと放っておいて」
「可愛かったよ」
「からかうなーー!」

「ほんとだよ、若葉。愛してる」

極限まで丸まって耳も塞いでいたので、どうやらとても大事な鈴のセリフを聞き逃した。

「鈴、今…?」
「若葉、愛してる」

恥ずかしさが吹っ飛んだ。いや、更に恥かしがらなきゃいけないシーンなんだけど。

「鈴、もう一回!」
「3回もいわないよ、2回で出血大サービス」
「すずうううぅぅぅ」



ありがとう、何も予定のない1日。


fin
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